ささやかな幸せを積み重ねて、やわらかい夫婦で在り続ける―夏生さえりエッセイ

ささやかな幸せを積み重ねて、やわらかい夫婦で在り続ける―夏生さえりエッセイ

『星の王子さま』に出てくる、バオバブのエピソードが好きだ。

王子さまが暮らす小さな星に生えている悪い木 “バオバブ” は、抜くのが遅くなると二度と抜けなくなって、やがて星を壊す。だから星の唯一の住人である王子さまは毎朝、バオバブの芽を摘む。

彼は言う。「バオバブも、大きくなる前は小さいでしょ」と。

……たったこれだけのエピソードなのだけれど、ずっと心に留めている。彼が教えてくれたことは、きっと「問題ごとも、すれ違いも、愛の欠如も。全て、大きくなる前は小さい」ということなのだろう。日々の忙しさにかまけて、「まぁいいか」「そのうち対処しよう」と思っているうちに、目には見えないバオバブがぐんぐん成長して、気づいたころには取り返しのつかないことになっている。だから日々、小さな違和感をないがしろにしない。

「大きくなる前は、小さいでしょ」。その一言を、わたしは常に思い出す。

今年の頭に、結婚をした。

今年の頭に、結婚をした。

今ではすっかり楽しい日々を送っているけれど、かつては結婚に対して寂しげなイメージを持っていたことがある。いつまでも仲の良い夫婦でいられるのか? 夫を大事にし続けられるのか? そういった問いが頭の中がぐるぐるまわって結婚の期待よりも不安のほうが大きくなったとき、わたしの中で王子さまが言う。「大きくなる前は、小さいでしょ」と。

そして、彼の一言は、こうも考えられると思い始めた。 「大きな幸せも、小さな幸せの積み重ねの先にあるものでしょう?」と。問題ごとと同じように、幸せも、ないがしろにせず丁寧に積み上げていく。それこそが、愛すべき未来をつくるために必要なことではないか?と。

「毎日を丁寧に積み重ねて、幸せな未来をつくっていきたい」。

わたしはそう願い、夫も同意してくれた。

わたしたちの生活は、こうだ。

わたしたちの生活は、こうだ。

毎朝、玄関まで見送って「いってらっしゃい」「いってきます」を交わす。毎日一緒にいても、「二人で過ごす日」を意識的に作ってデートする。「今日はお話ししよう」と誘って、最近あったことを話す。できる限り、一緒のタイミングで布団に入って、ひとしきりふざけてから眠る。不満はためない。「ありがとう」「嬉しい」「好き」などの気持ちを惜しまず伝える……。 「手紙を書く」も、わたしたちの定番。わたしは昔から手紙を書くのが好きだったし、夫も筆まめ。誕生日やクリスマスなどのイベント、二人にとっての大事な日には、いつも手紙が添えられている。忘れたくないほどに楽しいことがあったときにも、よく渡す。旅行に行ったあと、印象深い出来事が起きたあと。いつか見返したときに、この幸せに満ちた時間をわずかでも思い出してくれるといいなと願いを込めながら書く。二人の引き出しには、それぞれに交換しあった手紙が山のように積み重なって、過ごしてきた時間をぎゅっと閉じ込 めている。

いずれもささやかで、別々に暮らして付き合っていた頃には当たり前だったこと。でもそんなささやかなことも、いつか一緒にいることが当たり前になって忘れられていく。きっと“続けていくこと”は意外と難しいと、先輩夫婦の皆さんはわかってくれるだろう。それはきっと「記念日」も一緒かもしれない。

「今日、なんの日だと思う?」
「おめでとう」
「覚えてた?」
「覚えてたよ」
「いつもありがとう」
「こちらこそありがとう」

これが毎月のわたしたちのやりとり。花を買ったり、おしゃれな食事に出かけたりするわけではないけれど、記念日を迎えるごとに相手の存在に感謝するその気持ちが大事なのだと知っているから、これで十分。もちろんたまには、はりきっておめかしをする日があってもいいかもしれない。お互い、カバンの中にはいつもの手紙を忍ばせて。

ささやかな習慣と、1カ月ごとにやってくる記念日を怠らずに大切にし続ける。そうすることが、今の幸せをつくってくれているのではないかとわたしは信じている。

「本当にずっと幸せでいられるのか?」

「本当にずっと幸せでいられるのか?」なんて、わたしにはわからない。けれど、結婚式の準備で「どんな夫婦でありたいですか?」と質問をされた際に、わたしは「小さな幸せを喜べる夫婦」と、夫は「何もかも当たり前にしない夫婦」と答えた二人だから、きっと大丈夫。

かつて結婚に対して漠然とした不安を抱えていたわたしに伝えてあげたい。

結婚生活はつくるのは、自分たち。二人で暮らしを丁寧に積み上げれば、嬉しさにまみれた日々をつくることだってできるんだよ、と。

編集:ノオト

この記事を書いた人
夏生さえり

夏生さえり

フリーライター。大学卒業後、出版社に入社。その後はWeb編集者として勤務し、2016年4月に独立。取材、エッセイ、シナリオ、ショートストーリー等、主に女性向けコンテンツを多く手がける。現在、株式会社チョコレイトのプランナーも務めている。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『口説き文句は決めている』(クラーケン)、『やわらかい明日をつくるノート(大和書房)』、共著に『今年の春は、とびきり素敵な春にするってさっき決めた』(PHP研究所)がある。

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